スペイン・バルセロナ自治大学の児童文学教育に関わる専門職養成
中村百合子です。図書館・情報スペシャリスト養成の世界最先端と言えるプログラムを報告している本連載の締めくくりは、ヨーロッパの教育実践です。連載第9回となる今回から3回にわたり、スペインの学校図書館と公共図書館の児童サービス担当の専門職の養成や、バルセロナ自治大学(University Autònoma in Barcelona: UAB)が提供する養成プログラムを紹介します。同大学でそれらのプログラムに深くかかわってこられたCristina Correro Iglesias博士から、二度、国際シンポジウムでご発表いただきました。そのときの発表原稿にもとづきながら、最新情報を追加でCorrero博士からご提供いただいて、正確な内容になるよう努めます。Correro Iglesias博士の発表の記録には、本報告よりも多くの画像があり、英語での本文をお読みにならないにしても楽しんでいただけると思いますから、ぜひ次のリンク先の原文 2019年;2022年 もご覧ください。
なお、スペインのごくごく基礎的な情報と同国の言語事情や児童文学出版については、2016年に同じくUABで教えるJoan Portell Rifà博士に講演をしていただき、通訳を日本・スペイン文化経済交流センター エクステンションの方にしていただいたことがあります(スペイン語原文;日本語訳)。この後の養成事情の理解の助けになる内容と思いますので、ご紹介しておきます。
児童文学とその活用に関する研究の発信地UAB
バルセロナ自治大学(UAB)は1968年創立と比較的新しい大学ですが、各種の大学世界ランキングで常に上位に上がる、スペイン国内ではトップを争っている名門大学です。カタルーニャ州の州都であるバルセロナにあります。1999年に、同大学のTelesa Colomer教授が、GRETEL (Research Group on Books for Children and Youngsters and Literacy Learning)という、児童文学と義務教育学校や図書館等におけるその活用等を研究する集まりをはじめました。(GRETELは2019年まで活動し、Colomer教授は2021年1月に退職されました。)
このグループでは、スペインの教育省やEU(欧州共同体)から資金を得て、デジタル児童文学やデジタルリテラシー、そして移民に関わる様々なテーマの研究を近年は進めてきました。国際的であることを大切にし、スペインだけでなく、チリ、アルゼンチン、ベネズエラからも参加者がいました。多様性ある、GLOCAL(グローバル+ローカル)なグループということが、すばらしい特徴でした。ライブラリアン、学校の先生、大学の教職員が主なメンバーでした。
バルセロナのライブラリアン養成
スペインには15の図書館情報学の修士号プログラムがありますが、バルセロナでの取り組みが最も歴史があります。そのはじまりは、Noucentismeと呼ばれる、20世紀初頭のカタロニアの改革的な文化運動(モダニズムやアバンギャルドへのある種の対抗)と目的においてつながっていました。百年以上前から、図書館員のネットワークとつながることで、文化や社会の変革がなされるということを、政治家や知識人たちははっきりと理解していたということです。そして投資がされ、1915年にカタロニア政府(Mancomunitat de Catalunya;1914-1925年)によって図書館学校が作られました。
しかし20世紀初頭のそうしたよい取り組みは、1936-1939年のスペイン内戦で大きく変わってしまいました。戦後、状況はさらに変化しました。1939-1975年の40年もの間、スペインには検閲が存在しました。図書館では、カタルーニャ語やバスク語その他の言語の本もスペイン国外からの本も禁じられていました。学校の教員たちもライブラリアンたちも、ファシストのイデオロギーに従うこととされ、政権の監督のもとで養成されました。
1977年に民主主義がやってきて、やっと図書館や教育制度が回復できました。20世紀初頭に現れたイデオロギーとつながった、新しい教授法が出てきて、また図書館・学校・子ども・本の関わりあいを促進する出版者・批評・協会も生まれました。児童書出版、特に翻訳が盛んになり、ライブラリアンや教師たちはふたたび、あらゆる類の本を推薦できるようになり、養成も新しい民主主義の価値観に沿ったものになりました。
教育学と図書館情報学での養成
1970年代末には、児童文学やライブラリアン養成のためのものを含めて、新しい学科が大学に置かれました。そのころからスペインでは、教育学か、図書館情報学の二つの領域で、児童文学や学校図書館について学ぶことができます。幼児教育や初等教育の教師を目指して教育学の領域に所属する学生は、在学する4年間の間に、児童文学と学校図書館について選ぶことができます。この領域は入試において非常に高い成績が求められています(10点満点のうち9.4以上が平均値)。もう一つ、図書館情報学において学ぶという選択肢があります。この場合も4年間が必要で、3年目から学校図書館を専攻することができます。
しかし、経験から言って、それら二つの養成方法はどちらも学校図書館の専門職養成には十分ではないと思われます。PISA (Programme for International Student Assesment)でもPIRLS (Progress in International Reading Literacy Study)でも、スペインの成績は満足のいくものではありません[平均を若干上回ってはいる]。また、欧州単位互換制度(European Credit Transfer System: ECTS)の登録状況をみるおt、幼児教育や初等教育の養成において、児童文学関係の科目はわずか5%です。これは例えば次のような問題を引き起こしていると考えられます。
児童文学に関する養成教育が不十分であるがゆえに、教師たちが適切な本を知らない、または教室で本を使って何をするかを知らないため、幼稚園や学校の教室で読書に割く時間が少なくなっているかもしれません。もし教師や教育者たち自身が本を読まないならば、もしよい本をどう方法を知らないならば、教室における読書の活動はとても難しいものになるでしょう。教師や教育者たちはたぶん読まなくなっていて、読書習慣や文学教育は貧しくなっており、これによって子どもたちの間に機能的な非識字が生まれている可能性があります。
未来の教師やスクールライブラリアンが、教室での読書や児童文学、適切な文学教育をすすめるためには学部レベルでの養成では不十分です。そこで、GRETEL、ひいてはUABは、複数の組織と連携して大学院(修士)レベルのプログラムを新たに開設し、子どもたちの読解力、文学教育、そして教師その他の専門職養成の質の向上に取り組むこととしました。それは次の五つです。どのプログラムでも、「児童文学」が重要な位置を占めます。
- グローバルな視野からみる児童書(Children’s Books from a Global Perspective)
- [スペイン語]児童・青少年文学コース(Curso en Libros y Literatura Infantil y Juveni)
- 本と児童文学のオンライン修士号(Online Master’s in Books and Children’s Literature)
- 学校図書館と読書推進修士号(School Librarian and Reading Promotion Master’s)
- 児童の文学・メディア・文化に関するエラスムス・ムンドゥス修士号(Erasmus Mundus Master’s in Children’s Literature, Media and Culture: CLMC)
次回はこれらのプログラムを紹介します。Colomer教授が退職されて、今、これらの養成改革は転換期にあり、新しい取り組みへと生まれ変わろうとしているものもあります。近年の欧州の動向としては、2019年に欧州全体では283もの図書館に関わる学位を提供するプログラムがありました。しかし独立したプログラムはその1割で、たいていは学部レベルであり、教員数は少なく、学生数は200名以下で、しかも減少傾向にあります。国際的なネットワークも存在しないので、逆にそこには可能性があるとも言える状況です。
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