アルバータ大学の教育学部における児童文学
中村百合子です。前回の更新からだいぶ時間が経ってしまいましたが、図書館・情報スペシャリスト養成の世界最先端と言えるだろう、アメリカと欧州の二つのプログラムを報告してきた連載の番外編として、カナダのアルバータ大学(院)の学校図書館専門職および教員の養成課程における児童文学の授業の実践を報告します。Lynne Wiltse博士が2022年1月28日のオンラインシンポジウムで発表してくださった内容です。発表言語である英語の記録を翻訳して今日から2回に分けてご紹介します。[ ]に入れて記述する内容は、訳者による追加説明で、内容をよりよく理解していただくために加えたものです。
今日の未来への道のシンポジウムで私が発表するのは、多文化・多言語のカナダ社会において児童文学を教えることについてです。私が教える児童文学の科目はアルバータ大学教育学部に置かれています。
[この日のシンポジウムの記録は立教大学司書課程紀要St. Paul’s Librarianの36号(2021)に英語で掲載]
[ここで「この土地に対する感謝」と訳したのは「Land Acknowledgementで、近年、北米の多くの大学または学部等が作成し、掲げている。先住民の人たちが暮らしていた土地に、欧州からやってきて土地の所有の概念をもちこんだ。今のアメリカやカナダや現代の諸機関はそのような歴史の上にあることを認識しているという宣言であり、それを継続させてもらっていることに関わって先住民の人たちに感謝を示している。]
[メティスとは、ネイティブ・アメリカンとヨーロッパ系の両方の先祖をもつ人たちで、独自の文化を作りあげている。アルバータ州にはメティスの居住地域が八つある([Government of Alberta.] ”Metis Settlements locations,” the Government, (参照2023-11-17).)。イヌイットは、カナダ極北の先住民。]
私が教えている児童文学に関する2科目が焦点をあてているのは、次のようなことです。二つのクラスのうちの一つは教師になる学生たちが対象で、もう一つはすでに教師の人たち向けのクラスです。この二つの科目は小学校における指導に関するものです。
このスライドを作成しながら驚いたのは、児童文学における多様性ということが、教育と研究の両方で私の仕事の一部になっていることでした。文化的な多様性についての本に私は囲まれています。そして、Shortが指摘したアメリカの児童文学との違いの一つは、カナダは多様性というトレンドとつながっているということだと私は気がつきました。
Setteringtonが指摘したように、確かにカナダには多様な文学がたくさんあります。私は過去12年かそれ以上の間、関連の研究プロジェクトに参加して、教師や教師になろうという学生たちとそうした文学を使うことについても検討してきました。
カナダは多文化主義で知られますが、カナダの国内というよりもむしろ国外から、その点が違って見えているのかもしれないと思います。この多文化主義の政策をカナダは1971年から維持しています。当時、私は若く、この政策について前向きでナイーブな見方をしていました。教育学の学位を取った後、私は孤立した遠方の先住民のコミュニティではじめて教育の仕事に就きました。自分がいかに軽く考えていたかがわかりました。この時、しばらくたってからですが、鏡と窓という考え方を知りました。子どもたちは自分たちが映し出される鏡である本と、また自分がいるところの外の世界に開かれた窓である本が必要です。Rudine Sims Bishopが、[読者が想像力によってそれを開いて文学の世界に入っていく]ガラスの引き戸とともに、鏡と窓の隠喩(たとえ)を提唱しました。日常的に、私は自分が映し出された本を読んで育ち、それをあたり前だと思っていました。でも、私のはじめての生徒たちは先住民で、自分たちの読む本の中に自分たちが映し出されているのをみてはいませんでした。少なくともポジティブな形では自分たちは描かれていませんでした。
私のはじめての教職では、私の生徒たちが読むことを課されていた文学に、先住民の人たちは非常にネガティブに描かれていました。これは私の教師としてのキャリアの中で最も不快な経験の一つで、私は、子どもたちが読む文学の中で自分たちがポジティブに映し出されているのをいかに見る必要があるかということについて学びはじめました。それは特に、自分の目の前に座っていたような、伝統的に周縁化されてきた子どもたちに特にそれが必要だと思いました。鏡と窓は私が自分の指導に取り入れているたとえの一つです。学生たちが窓と鏡の隠喩について学んだ後、クラスの電子掲示板(eClass)に書き込まれた反応をみてください。
このコメントは、私の現在の学生の一人が書いたもので、彼女は過去には先住民の人びとについて限られた、単一の物語しか知らなかったと応えています。けれども、教員養成課程で学んでいく中でこの学生はIRSで実際に何が起きたのかを学び、そうした学校を経験して現在まで生きている人が話すのを聞く機会を得ました。これによって、彼女の思考が劇的に変わりました。そして、先住民の人びとについての彼女の中の単一の物語は破壊される結果になったわけです。
続く…
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