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日本における多文化サービスの実施状況

宮澤篤史です。ここまで第1回第2回で多文化サービスの理念・歴史を概説しました。これからの回では少しずつより具体的なサービスの実施状況や事例について紹介していきます。今回は、「多文化サービス実態調査」を参照し、日本の多文化サービスの全国的な実施状況を確認します

 日本図書館協会は「多文化サービス実態調査」と称し、4回にわたって全国の公共図書館を対象に多文化サービス実施に関するデータを収集してきました(1988年・1998年・2002年・2015年)[注1]。以下では、そのデータのなかから、

  • (1)外国語図書所蔵数(どれくらい、またどの言語の資料を収集しているのか)
  • (2)多文化サービス実施に関する状況(どれくらいサービスを実施しているのか)
  • (3)多文化サービス実施に関する課題(何がサービスを妨げているのか)

という3点に絞って状況をみていきます。

(1)外国語図書所蔵数

 まず、全国の公共図書館が所蔵する外国語図書の冊数別割合(図1)の経年変化をみてみましょう。図からわかるように、日本で「多文化サービス」の考え方が認識され始めたばかりの1988年の調査では、外国語資料を購入していなかった図書館が65%程度であったのに対して、1998年と2002年にはそれが半減しています(27.7%と28.9%)。2015年には全体の約96%の図書館が外国語資料を購入しており、その所蔵数も増加しました。これは、日本の在日外国人数の増加に伴い、図書館への外国語資料要求が高まってきたことが要因として考えられます[注2]

図1:外国語図書の所蔵(所蔵冊数別の割合)
出典:「多文化サービス実態調査」(1988, 1998, 2002, 2015)より作成。1988年と2002年分のデータは『多文化サービス入門』(2004)を参照

 では、どの言語の外国語資料が収集されているのでしょうか。図2では、一般書と児童書それぞれで、言語別での収集割合を比較可能なデータのある1998年と2015年の2時点で比較しています。

 言語別にみると、2015年では一般書、児童書ともに、英語の資料が最も収集されていることがわかります(一般書72.3%/児童書83.7%)。それに中国語(同23.5%/27.0%)、韓国・朝鮮語(同19.1%/27.2%)、さらに南米出身者が利用者として想定されるスペイン語(同11.3%/19.6%)とポルトガル語(同10.7%/16.3%)が続いています。

 1998年から2015年にかけての大きな変化は、英語資料の収集で一般書、児童書ともに20ポイント前後の増加があったことです。しかし、英語以外の言語を見てみると、中国語、韓国語の資料はその2時点で、一般書の収集が10ポイントほど増加したものの、児童書については5ポイントほどの増加にとどまっています。また、スペイン語、ポルトガル語については一般書で微増したものの、児童書に関しては変化が見られていません。その他の言語については比較可能なデータがとられていないため一概にはいえませんが、資料収集の面での多文化サービスの広まりは主に英語資料の収集拡大によって支えられてきた側面があるといえるでしょう

図2:外国語図書の所蔵(言語別の割合)(複数回答可)
出典:「多文化サービス実態調査」(1998, 2015)より筆者作成

 では、この資料収集の状況がどれだけ現実に即しているのかを判断するために、多文化サービス実態調査が実施された4時点の在日外国人数(国籍別割合)の推移を見てみます(図3)。4時点ともに上位2か国は中国、および韓国・朝鮮が占めていますが、2015年までに南米諸国と東南アジア出身者の割合が大きく増加しています。南米諸国出身者に関しては入管法改正(1989年)による南米諸国からの日系人の増加、東南アジア(特にベトナムとネパール)に関しては「留学生30万人計画」(2008年)や「技能実習制度」創設(2010年)を経て2015年時点では大きな割合を占めるようになったと考えられます。1988年にはおよそ85%が中国と韓国・朝鮮出身者だった在日外国人数は、2015年に至るまでに南米諸国や東南アジア出身者の増加によってその多様性を高めています(1988年から2015年にかけて、在日外国人数上位10か国出身者のうちの地域別割合は、東アジア:85.7%→52.5%、東南アジアが4.9%→21.4%と変化)。

 このように外国語資料収集と在日外国人数の割合を照らし合わせると、現在の日本の多文化サービスにおける資料収集では、在日外国人数の実際の比重に対してもっぱら英語資料の収集が行われていることがわかります。今回の参照データはいずれも全国規模のもので各地域の多文化・多民族化やニーズの事情を子細に反映したものではありませんが、多言語資料の収集において、英語資料への偏重が起きているといえます。

図3:在日外国人数の国籍別割合[上位10か国]の推移
出典:「在留外国人統計」(1988,1998,2002,2015)より作成

(2)多文化サービス実施に関する状況

 図4は、日本全国の公共図書館での多文化サービスに関する状況を示しています[注3]。順にみていきますが、ここで示した6項目はすべて50%を下回っています。

 まず、「多文化サービスの指針」がある図書館は、全国でみると20%強にとどまっていて、「外国語資料担当者」も同様の割合となっています。また、「IFLA/UNESCO多文化図書館宣言」(2008)で示された「多文化図書館の原則」のひとつである「多様性を反映した職員」の有無は、「いない」が91.5%と圧倒的となっています。ここからは、管理・運営に関する側面では、多文化サービスが全国的に浸透し、展開されているとは未だ言い難い状況にあると考えられます。

図4:多文化サービスに関する状況
出典:「多文化サービス実態調査」(2015)より作成

 また、「外国語でのカウンター対応職員」「やさしい日本語での広報の実施」といった利用者とのコミュニケーションに直接関係する項目では、「ある/いる」との回答は約40%となっていて、「日本語教室、外国語のおはなし会の実施」はさらに低い26.4%にとどまっています。前述のように、外国語資料の収集が英語資料に偏重している(図2)と考えられる状況では、カウンター対応の外国語も英語が中心となっており、中国語や韓国語といったその他言語での対応可能職員の存在は、さらに少ないことが予想されます。

 他の項目と特徴が異なるのが、図書館のサービス内に「外国人のコミュニティ」が存在するかという項目で(「地域の外国人コミュニティの認識」)、「わからない」との回答が他の項目よりも高い26.3%に上っていることです。ここからは、地域の外国人住民のニーズ把握が難しい状況に図書館が置かれていることがうかがえます。しかし他方で、この質問に「ない/いない」と回答した割合が60.7%と半数以上になっていることは、多文化サービスに対する姿勢として注意する必要があります。というのも、認識レベルで「ない」と考えることと、実際の社会的現実は異なる可能性があるからです。例えば、先ほど参照した「在留外国人統計」では国籍別の在日外国人数は把握できるものの、文化や言語、民族といった側面での多様性を把握できるようには設計されておらず、いわゆる「ハーフ」の人びとや「非正規滞在者」などは統計上に現れてきません。「ない」と思っているものが実は「見えていない」、もしくは「見ようとしていない」だけかもしれない。特に、弱者やマイノリティへのサービスを考えるうえで常にこの反省的視点を持ち続けることは重要であるといえます

(3)多文化サービス実施に関する課題

 続いて図5を見てみると、多文化サービスにあたって図書館が継続的に抱える問題が明らかになってきます[注4]。1998年と2015年を比較すると、「資料費がない・少ない」「外国語図書の選書・発注が困難」「電算入力できない外国語(文字)がある」といった財政や運営上のテクニカルな側面の回答は上位で推移しているものの、大きな変化を見せていません。特筆すべきは、「地域外国人のニーズが不明」「(カウンター対応・利用案内作成などの際の)職員の外国語対応能力不足」という回答です。先ほどの図4で確認した「外国語でのカウンター対応職員」と「地域の外国人コミュニティの認識」の項目での問題点とも関連しますが、1998年には半数ほどだったこれらの回答が、2015年には70%付近まで上昇しています。これは、外国人の増加による地域環境の変化により、多文化サービスに関する問題が、より顕在的になったことによるものと考えられます。このように、近年の多文化サービスにおける差し当たっての課題は、資料費の有無や選書、入力といった実務的なサービスであると同時に、ニーズの把握や職員の外国語能力といった、利用者とのコミュニケーションにおいて生じる課題にあるといえるのではないでしょうか

図5:多文化サービスにおいて図書館が抱える課題(選択式、複数回答可、回答上位5件のみ)
出典:「多文化サービス実態調査」(1998,2015)より筆者作成

多文化サービスの状況まとめ

 ここまでみてきたデータからいえることをまとめると、以下の3点になります。

(1)外国語図書所蔵数(どれくらい、またどの言語の資料を収集しているのか)

  → サービス圏の人口構成に応じた資料収集の必要性

(2)多文化サービス実施に関する状況(どれくらいサービスを実施しているのか)

  → 外国人コミュニティへの認識を高めること

(3)多文化サービス実施に関する課題(何がサービスを妨げているのか)

  → 外国人利用者とのコミュニケーション、ニーズの把握が中心的課題

 近年の在日外国人数の動向として、東南アジア(特に、ベトナム、ネパール)出身者が増加傾向にあることがわかっています。それを踏まえると(1)および(3)に関していえば、英語資料の所蔵にとどまるのではなく、そうしたアジア言語のニーズに応じた収集が課題になってくるといえるでしょう。そのためにも、今回参照した「多文化サービス実態調査」の質問項目に、より多くのアジア言語の選択肢を採用することが、より正確な実態把握のためにも必要です。

 (2)に関しては、多文化サービスの実施、ないし多文化共生社会の実現に向けて大きな認識転換が必要である点であるといえます。端的にいえば、外国人コミュニティがない/見えないようにみえて、実はそこに(無意識にも)かれらの存在を「見ようとしていない」姿勢が潜んでいる可能性があるということです。繰り返しになりますが、マジョリティ側がこの反省的視点を常に持つことが、弱者やマイノリティへのサービス提供に必要不可欠であるといえます。

 今回は多文化サービスの全国的な実施状況についてデータをもとに概観し、多くの図書館が多文化サービスの実施に困難があるということがわかりました。そうした困難の解決の手がかりとして、日本図書館協会多文化サービス委員会は「多文化サービスQ&A」を公開しています。「『多文化サービス』を始めるとき、どこから手を付けたらよいかわかりません」「外国人のニーズがわかりません」など、参考になりそうなQ&Aをぜひご覧になってみてください。


[注1] 2002年は日本図書館協会図書館調査事業委員会事務局のミニ付帯調査として、ほか3回は『日本の図書館』の付帯調査として実施された。

[注2] 「多文化サービス実態調査」が実施された4時点での在日外国人数はそれぞれ、94.1万人(1988年)・151.2万人(1998年)・181.1万人(2002年)・223.2万人(2015年)となっており(「在留外国人統計」より)、1988年から2015年にかけて2倍以上増加している。

[注3] 参照した質問項目は次のとおり。多文化サービスの指針:問1-1「貴館には、多文化サービスの根拠となる業務指針等がありますか」;外国語資料担当者:問2-1「貴館には外国語資料の担当者等がいますか」;多様性を反映した職員:問2-2「日本国籍を持たない方や日本語が母語でない方が図書館にはいますか」;外国語でのカウンター対応職員:問2-3「外国語で簡単なカウンター対応ができる職員がいますか(貸出・返却などの範囲)」;やさしい日本語での広報の実施:問6-1「外国語や、やさしい日本語で書かれた広報類(利用案内/登録申込書・リクエスト申込書/館内掲示/ウェブサイト等)がありますか」;日本語教室・外国語のおはなし会の実施:問6-2「外国人のための日本語教室、外国語によるおはなし会などを、図書館や他の施設で実施していますか」;地域の外国人コミュニティの認識:問6-4「貴館のサービスエリアに、外国籍の人が多い地区(コミュニティ)がありますか」

[注4] 質問項目は、問6-7「在住外国人への図書館サービスについて、貴館で、下記に該当する点がありましたら、チェックしてください」(複数回答可)

[参考資料・参考文献]

日本図書館協会障害者サービス委員会,1999,『「多文化サービス実態調査1998」公立図書館編報告書』日本図書館協会.

日本図書館協会多文化サービス研究委員会,2004,『多文化サービス入門』日本図書館協会.

日本図書館協会多文化サービス委員会,2017,『多文化サービス実態調査2015報告書』日本図書館協会.

出入国在留管理庁,2022,「在留外国人統計(旧登録外国人統計)統計表」出入国在留管理庁ホームページ,(2022年1月10日取得,https://www.moj.go.jp/isa/policies/statistics/toukei_ichiran_touroku.html).

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