Skip to content Skip to main navigation Skip to footer

多文化サービスの歴史

宮澤篤史です。本連載「多文化サービスと多文化共生」では、公共図書館を対象に社会学的研究を行う筆者が、多文化サービスの歴史や展開、実践例、および研究動向を紹介し、「多様性」「多文化共生」といった言説・取り組みへの批判的視点について書いていきます。多文化サービスの理念を参照した第1回に続き第2回では、多文化サービスの展開について概説します。

国際的な多文化サービスの展開

 まず、多文化サービスが国際的にどのようにして展開してきたのかについてみてみます。移民に対する図書館サービスはアメリカでは20世紀初頭からすでに始まっていました。ですが、その内容はマイノリティの「同化」[注1] を促進するもので、マジョリティの言語や文化を主流としたサービスに過ぎなかったのです(日本図書館協会多文化サービス研究委員会,2004)。

 そうした同化を目的としたサービスから、地域社会の多様性を反映したサービスへと転換していくのは、第二次世界大戦終結を待つことになります。転換の社会的背景には、①アメリカにおけるアフリカ系アメリカ人を中心とした公民権運動の発展とそれに引き続くマイノリティ住民の民族意識の高揚、②国際的な労働力移動の活発化などが挙げられています(小林・高橋,2009)。つまり、マイノリティ当事者による要求と、社会内部のさらなる多様性の増大という、つの方向からの影響が多文化サービス発展の背景にあったといえるでしょう。当初の多文化サービスの取り組みは、民族的・文化的に多様な背景を持つ利用者に対する母語での資料提供でしたが、図書館員の試行錯誤のなかで、多文化サービスの内実は充実していくようになります。

 多文化サービスに関して国際的に協議し、指針を定める場がつくられたのは、1977年のことです。多文化サービスの理論的指導者となるカナダ国立図書館のマリ・ゼリンスカ(Marie F. Zielinska)が中心となり、IFLA(国際図書館連盟)本部に申し入れがなされると、ワーキング・グループの発足(1980年)、ラウンド・テーブルへの昇格(1983年)を経て、IFLA東京大会(1986年)では分科会(Section on Library Services to Multicultural Populations)として認められました(日本図書館協会多文化サービス研究委員会,2004)。この1970年代前後という時期は、カナダとオーストラリアでの多文化主義政策採用の時期(それぞれ1971年と1978年)とも重なります。そして、この東京大会での多文化サービス分科会をきっかけに、日本でも「多文化サービス」が認識されるようになります。同分科会は以降、多文化サービスへ向けた「ガイドライン」の作成を行っています(1987年。1998年と2009年に改版)。

日本における多文化サービスの発展

 次に、日本での展開をみてみましょう。戦後日本の図書館では、全国的には多文化サービスが取り組まれていたとは言い難い状況にありました。1970年代から個別的な取り組みはみられたものの(東京都立中央図書館による中国語資料、韓国・朝鮮語資料の収集、関西の私設図書館を中心とした在日コリアンに向けた図書館サービス)、民族的・文化的に多様な背景を持つ利用者への日本の公共図書館界全体としてのサービスが欠如していたとされています。

 続く1980・90年代には、多文化サービスということばの誕生、各種団体の発足や「多文化サービス実態調査」の実施など、マイノリティ住民へのサービスに向けた展開を徐々に見せ始めます。戦後日本での多文化サービスの欠如が指摘され、「多文化サービス」ということばが用いられる契機となったのは、多文化サービスが初めてIFLA大会で分科会として認められた1986年の東京大会多文化サービス分科会です(小川・奥泉・小黒,2006;小林ほか,2016;日本図書館協会多文化サービス研究委員会,2004)。同分科会にて、私設図書館が行政の支援なく多文化サービスを実施していること(=公的な多文化サービスの不足)への指摘を受けると、「多文化サービス実態調査」の実施(1988年)、「多文化・識字ワーキンググループ」(1991年)と「むすびめの会(図書館と在住外国人をむすぶ会)」(1991年)[注2] の発足へと展開していきます。

 2000年代以降は以上の展開を受け、「多文化共生」政策の実施と重なりながら多文化サービスへの社会的な認知が高まる時代となります。多文化サービスに関する体系的な書籍(『多文化サービス入門』)が日本図書館協会より出版されると(2004年)、日本各地での「多文化共生」政策の広まりと重なるかたちで、各自治体図書館での多文化サービスも広がりを見せていくようになります。特に、2017年にドキュメンタリー番組「アイ アム ア ライブラリアン ~多国籍タウン・大久保~」(NHK)にて放送され、大久保図書館(東京都新宿区)の先進的な多文化サービスの活動が映し出されたことで、多文化サービスという図書館の活動の社会的認知がさらに高まることとなりました。

日本の多文化サービスの展開     出典:阿部(2019);小川・奥泉・小黒(2006);小林ほか(2016)より作成

障害者サービスと多文化サービス

 多文化サービスの展開の理解のためには、以上のように時系列的に多文化サービスをみると同時に、障害者サービスとのかかわりも知る必要があります。

 図書館の障害者サービスは、「障害者であるがゆえに図書館の利用に際して不利益があってはならない」(日本図書館協会多文化サービス研究委員会,2004:5)という原則のうえに成り立っています。この考え方は、個人が持つ固有のものとしての障害という認識ではなく、図書館利用の権利をもつすべての利用者に対する「図書館側の障害」という認識から「障害」をとらえなおそうとしているのです。これに基づき、障害者サービスの考え方では心身に障害をもつ人に加えて、高齢者や学習障害者、受刑者など、さまざまな理由で図書館の利用に困難を抱える人々を図書館利用における「障害者」として認識するようになり、「外国人」もその範囲内に位置付けられるようになりました(日本図書館協会多文化サービス研究委員会,2004)。実際、1988年と1998年の「多文化サービス実態調査」は日本図書館協会障害者サービス委員会のもと実施されました。

 このように、障害者サービスのひとつの分野として多文化サービスが位置づけられることをおさえることで、多文化サービスのもつ「住民の権利保障」の視点を理解することができます。多文化サービスは多文化・多民族化の過程のなかで発展してきたのは示したとおりですが、「住民の権利保障」という点でみれば多文化サービスは、図書館として特別ではない「普通の」サービスであるといえるでしょう。


[注1] 同化とは、文化や行動の様式を共有し、同質的な文化や伝統をもつにいたる過程をいう。支配集団(マジョリティ)の文化を移民など少数者集団(マイノリティ)に強要する政策を同化政策という(『社会学小辞典』より)。

[注2] 現在は、「むすびめの会(図書館と多様な文化・言語的背景をもつ人々をむすぶ会)」。

[参考資料・参考文献]

阿部治子,2019,「日本の多文化都市における図書館の取り組みーー「多文化サービス」のあゆみと「安心の居場所」であるための提言」渡辺幸倫編著『多文化社会の社会教育ー公民館・図書館・博物館がつくる「安心の居場所」』明石書店,107-121.

濵嶋朗・竹内郁郎・石川晃弘編,2005,『社会学小辞典〔新版増補版〕』有斐閣.

相関図書館学方法論研究所編,小林卓・川崎良孝・吉田右子・アンドリュー・ウェルトハイマー・安里のり子・沈虹・中山愛理・三浦太郎著,2016,『マイノリティ、知的自由、図書館:思想・実践・歴史』日本図書館協会.

小林卓・高橋隆一郎,2009,「図書館の多文化サービスについて:様々な言語を使い,様々な文化的背景を持つ人々に図書館がサービスする意義とは」『情報の科学と技術』59(8): 397-402.

日本図書館協会多文化サービス研究委員会,2004,『多文化サービス入門』日本図書館協会,198 p.

小川徹・奥泉和久・小黒浩司,2006,『公共図書館サービス・運動の歴史2ーー戦後の出発から現代まで』日本図書館協会.

東京都立図書館,2019,「外国語資料を調べる」東京都立図書館ホームページ,(2022年2月13日取得,https://www.library.metro.tokyo.lg.jp/search/research_guide/foreign_language/).

Related Articles
0 Comments

There are no comments yet

Leave a comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください