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西ヨーロッパの児童文学に関わる専門職養成

中村百合子です。図書館・情報スペシャリスト養成の世界最先端と言えるプログラムを報告している本連載前回(第9回)はスペインのバルセロナ自治大学(University Autònoma in Barcelona: UAB)に、1999年から2019年まで、GRETEL (Research Group on Books for Children and Youngsters and Literacy Learning)という、児童文学と義務教育学校や図書館等におけるその活用等の研究会が置かれて、さまざまな取り組みがされていたことを報告しました。今回(第10回)は、GRETELから生まれた、児童文学に関わる専門職養成のプログラム、なんとその数、五つにものぼりますが、それらを紹介します。前回(第9回)、今回(第10回)、また最終回の次回(第11回)は、すべてCristina Correro Iglesias博士からの英語での報告によっています(2019年2022年)。最新情報をCorrero Iglesias博士に確かめつつ、正確な記述に努めます。

グローバルな視野からみる児童書[英語]

 このコース(Children’s Books from a Global Perspective)は、英語で提供されるオンラインのコースで、2カ月間の長さのものです。欧州単位互換制度((European Credit Transfer and Accumulation System: ECTS)の11単位(275時間)にあたります。受講料は750ユーロです。受講の条件に、学歴要件などはありません。カリキュラムには、四つのコア科目と児童書の古典といえる作品(classics)について議論し文学を読み込む科目で構成されます。児童書の古典を読む科目は、児童文学を中心に学ぶ文学修士課程の科目から一つを選んで履修することになっています。[このコースは2015年~2018年に毎年、開講されていました。]

児童・青少年文学コース[スペイン語]

 このコース(Curso en Libros y Literatura Infantil y Juvenil)はスペイン語のオンラインのコースで、2カ月、児童文学と読書推進について学びます。欧州単位互換制度(ECTS)の11単位(275時間)にあたります。受講料は726 ユーロです。受講の条件に、学歴要件などはありません。カリキュラムは三つのコア科目で構成され、そのすべては、児童文学を中心に学ぶ文学修士課程の科目から選んで履修することになっています。[このコースは2012年~2018年に毎年、開講されていました。]

本と児童文学のオンライン修士号[英語・スペイン語]

 このオンラインの修士課程(Online Master’s in Books and Children’s Literature)はバルセロナ自治大学とベネズエラ銀行(Banco de Venezuela)が共同で設置しました。教授言語は英語とスペイン語です。欧州単位互換制度(ECTS)で、必修科目48単位、選択科目12単位、合計60単位(1,500時間)のカリキュラムになっています。1年で修了することが期待されています。学費は約48万円です。オンラインのプログラムなので、世界中の経験豊富な指導者との協同で提供することができ、また受講生にも世界中の現職者の専門職の人たちが集まります。受験にあたっては学士号が必要です(望ましいのは教育学、心理学、図書館学)。2005年の開設以来、これまでのところ、毎年40~45名が入学していて、その93%が女性になっています。修了率は88%です。

 カリキュラムは必修科目(9月~2月)と選択科目(2月~6月)に分かれています。前者には、以下にあげる5科目があり、後者は必修科目を補完するような科目群で、実習、その他の特論系科目(古典作品の講読;会議参加;バルセロナでの集会)があります。

  • 子どものための本と文学概論(10単位)
  • 本、批評、読者(15単位)(以下に内容を例示)
    • 児童文学のイラストレーション
    • 児童文学の選書
    • 児童文学の批評面
    • 社会の価値観と児童文学
    • 文学テクストに関する議論と解釈
  • 読むことに関するプログラム(10単位)
  • 学位論文(6単位)
  • 子どものための本:生産、利用、受容(9単位)(以下に内容を例示)
    • 困難な環境での文学
    • 読書推進のプロジェクト
    • 学校での読書推進
    • 幼い子ども(3才まで)のための文学
    • 絵本の歴史
    • ライティング・ワークショップ(作文教育)
    • デジタルの児童文学
    • 児童文学における詩
    • 実習

 この修士号プログラムの主な目的は児童とヤングアダルトのための文学について学ぶことです。そうした文学を、次世代の若者たちへの文学や文化に関わる教育に、そしてリテラシーが求められる社会(literate society)が機能することにつなげるのです。児童文学が現在、いかに生み出されているかを学びますので、修了すれば、キャリアとしては次のような道が拓かれています。学校図書館または公共図書館の児童室で働く、出版社で働く、児童文学に関連する公的な機関やその他の社会的な活動で教育内容を評価する専門職として働く。[このコースは2005年~2019年に毎年、開講されていました。]

学校図書館と読書推進修士号[カタロニア語・スペイン語]

 この修士課程(School Librarian and Reading Promotion Master’s)は、2008年にバルセロナ自治大学がバルセロナ大学(University of Barcelona: UB)が共同で開設したプログラムで、現在まで続いています。カタロニア語とスペイン語が教授言語です。対面授業と遠隔授業が組み合わされており、個人指導や学校図書館と公共図書館での実習もあります。修了にはECTSの60単位(1,500時間)が必要で、原則として1年で修了することになっています。学費は日本円にして約33万円ですが、EU圏外からの学生は約47万円になります。毎年30名から40名弱の学生が入学し、その9割程度が修了しています。

 本修士課程は、学習情報資源センターとして学校図書館を組織化して運営できるようになるためのものです。読書計画のデザイン、本の選定と活用、情報の検索と選択、利害関係者たちを文化的につなげる存在、人びとの読書習慣によい影響を与えるコミュニティに向けたプロジェクトを開発することを学びます。スペインの教育省は公式にこの修士号学位の取得者を学校図書館と読書の専門性をもった教育者として認めており、学校が新しい教員枠を要求する際にこの新しい専門性をもった人を選ぶことができるようになっています。しかも学校図書館と読書推進に関する修士号またそれにつらなる博士号はスペイン国内に一つしかありません。ただし、同修士号プログラムで学ぶ学生の中には、公共図書館の児童室で働く、出版社や情報資源センターで働く、ストーリーテラーなどとして社会的・文化的な表現者になるというようなことを希望する者も含まれています。

 欧州理事会情報協会(European Council of Information Associations: ECIA)[情報およびドキュメンテーションに関わる協会の意見集約の組織]が策定している「情報およびドキュメンテーションに関する欧州指針(European Guide on Information and Documentation)」[1998年にはじめて採択され2004年に新しいものが出されている]を、ドキュメンテーションと科学情報のためのスペイン協会(Sociedad Espanola de Documentacion e Informacion Cientifica: SEDIC)も採択しています(2004年版はここに見つけられます)。よって、それに書かれているとおり、スクールライブラリアンはライブラリアンシップ(librarianship)[図書館で働くために必要な知識や態度など]の能力だけでなく、教育の能力も身につけている必要があります。

 本修士課程の受験にあたっては学士号が求められますが、望ましいのは教育学、心理学、図書館学、ドキュメンテーション学をスペインまたはヨーロッパの大学で学んでいることになります。入学前にいくらかは教育学や図書館学を学んだ経験があることが期待されており、それをさらに修士課程で伸ばすことになります。スクールライブラリアンに求められるスキルとしては、自律性、コミュニケーションスキル、共感力、指導力、知的好奇心などがあります。もちろん、それら以上に、教育、図書館、読書推進に関心があることが必要です。また、教育や社会的介入に関わる共同事業に参加できる力が必要です。自立していて、自分の仕事を計画し整理して進めることができ、同時に創造性や柔軟性がある、自主的な人でなければなりません。

児童の文学・メディア・文化に関するエラスムス・ムンドゥス修士号

 この修士課程(Erasmus Mundus Master’s in Children’s Literature, Media and Culture: CLMC)は2019年に開設され、現在まで続いています。バルセロナ自治大学と、スコットランドのグラスゴー大学(University of Glasgow)、オランダのティルブルグ大学(Tiburg University)、デンマークのオーフス大学(Aarhus University)、ヴロツワフ大学(University of Wroslawski)の五大学の共同設置課程です。本課程の修了には四学期(2年間)がかかりますが、次のように、大学間を移動して学んでいきます。

  • 1学期@グラスゴー大学:児童文学に対する歴史的・批判的見方
  • 2学期@オーフス大学:マスメディアや新しい情報媒体に影響を受ける児童文学
  • 3学期@バルセロナ自治大学:読書の推進;または@ティルブルグ大学:文化間の相違を超越した児童文学の発展(transcultural trajectories);または@ブロツワフ大学:映画や参加を求める文化(participatory culture)(三つの大学からどちらの大学での学修を選択しても、現場での実習が含まれる)
  • 4学期:学位論文の執筆(2年間、学びながら進め、この最終学期に完成させる)

 つまり、選択肢として、三つめの学期をバルセロナで過ごして、学校図書館と読書推進を専門的に学ぶことができるようになっています。基本の教授言語は英語です。しかし、母語以外に、二つめの言語を習得することが強く推奨されています(英語、スペイン語、カタロニア語、デンマーク語、ポーランド語)。受験にあたっては、学士号と英語力の証明が必要です。

 本修士課程のねらいは、学生たちの間に、児童およびヤングアダルトに向けた文学、メディア、文化への関心や経験を伸ばし、文学、メディア学、児童学や児童教育学の交差する部分の知識を国際的な角度から深めることです。同時に、子ども時代の文化を形成する児童やヤングアダルトに向けた文学、メディア(視聴覚、デジタルを含むテクスト)の総体に対して、評価し批評するために用いることのできる方法を学びます。多文化のテキストを生産し消費する際の児童、ヤングアダルト、大人の交流を検討し、その交流を文化と創造性を組み合わせることで促します。またしっかりとした調査研究をとおして、複数のリテラシーを多様な教育の文脈や政策に統合するという挑戦を検討します。さらに、文化に関わる豊かな感性を育むべく、多文化のテクスト、メディア、芸術作品(文化遺産を含む)の分析や学問的な会話を国際的な学生の間で行います。専門職の文脈と地域社会の文脈における、文学的テクスト、視聴覚やデジタルのテクストの推進、役割やその利用者たちについて、学生たちはさまざまに提出されている概念や理論、議論を批判的に理解します。子どもに向けた本、メディア、芸術作品のグローバルな市場を理解することも含まれます。子どもに向けたテクストや各種のメディアが子どもの成長・発達にさまざまな要素が競い合って影響を与えていることをいかに反映しているかという視点を拡張します。それらのテクストやメディアは、差別や正義といった社会・文化的な課題に対する批判的な認識を拡げる可能性をもっていますし、現存するグローバルな課題を表現して社会変化の推進力にもなり得ます。異なる文化の間のコミュニケーション、協力するためのスキル、市民性の発揮といったことも、ヨーロッパ内だけでなく、グローバルに、それらの発展に貢献します。ヨーロッパや欧州共同体(EU)の価値観をより多くの人に認識してもらうということにもつながります。

 講師には研究者も実践家もいます。子どもたちが文学その他のテクストとかかわる方法を理解し、その方法をよりよいものにする必要があると考えている人たち、また児童文学研究に理論的なしっかりとした基礎を作りたいと考え、歴史的、文学的、教育的、もしくはメディア研究的な枠組みから取り組んでいる人たちがかかわっています。一方で、実践的なスキルを習得してもらうべく、三学期目には、図書館、アーカイブズ、博物館・美術館、映画産業、放送局、出版者、本や読書の推進団体での実習をします。

 この修士課程には手厚い奨学金制度があります。学費は日本円にして約160万円ですが、EU圏外からの学生は約366万円になります。定員は毎年35名ですが、そのうち22名に対して奨学金が提供されることになっており、そのうちの5人はアジアからの学生とされています。この奨学金は、学費だけでなく、保険、大学間の移動や引越し、生活費その他、この修士課程でかかるあらゆる費用が支払われるというものです。

 今回は、バルセロナ自治大学が中心になって進めてきた、児童文学に関わる専門職養成のプログラム群の内容を紹介しました。次回は、それらの教育において近年、大切にされていること、またスペインの学校図書館に関わる展望を最後に少しご報告します。

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