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日本における探究的な学習

浅石卓真です。前回(第1回)は、世界的な学校教育の潮流の中で「探究」が注目されるようになってきた経緯を概観しました。今回(第2回)はこの流れを日本の文脈に沿って、もう少し具体的に見てみようと思います。

 変化の兆しは、日本が大量生産方式の物づくりを中心とする産業社会から、先進的な技術開発を行う知識社会へと移行した 1970 年代後半から現れます。知識社会では既に分かっていることを効率的に詰め込むことよりも、新たなことを生み出すために創造性を育むことが重要視されます。 1980 年代に中曽根内閣のもと戦後教育の総決算として開かれた臨時教育審議会ではこのことが明確に意識され、個性の重視・育成をスローガンとして掲げて、教育の個性化が提案されました。

 個性の重視・育成という方針は当初、児童・生徒に自らの興味・関心に基づいて学ばせる動きとして推進されました。 1989 年の学習指導要領では、知識の習得だけではなく児童・生徒の関心・意欲・態度が重視され、思考力・判断力・表現力に裏づけられた自己教育力を獲得する「新学力観」が提唱されています(水原,2010)。当時の学習指導要領には「各教科等の指導に当たっては、体験的な活動を重視するとともに、児童の興味や関心を生かし、自主的、自発的な学習が促されるよう工夫すること」とあります。ここから、自己教育力をつけるには児童・生徒の興味・関心を引き出すことが基本であり、そこでは体験的な活動が有用と考えられたことが窺えます。

 児童・生徒の興味・関心に基づく主体的な学習は、次第にその内実として、課題(問題)を解決する活動が強調されていきます。1998 年の学習指導要領で新設された総合的な学習の時間では、その狙いが「自ら課題を見付け、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、よりよく問題を解決する資質や能力を育てること」と述べられています。その後の 2008年の学習指導要領でも、単なる体験学習や見学よりも、自ら課題を見出し、解決を目指して情報を収集してまとめ、その結果を表現したり発表したりすることが目標に掲げられるようになりました。

 このように日本では、知識社会への移行とともに教育の個性化が掲げられ、その中身が一人一人の興味・関心に基づいた体験的な活動から、自ら設定した課題を解決することで学ぶという探究的な学習へと発展してきたと言えます。前回も触れましたが、探究的な学習では課題を解決するために文献調査や聞き取り調査、実験や観察、アンケート調査などを行い、その結果を文章にまとめたり口頭発表したりします。 2008 年の学習指導要領では児童・生徒が自ら学んでいく方法が多くの教科で言及されるようになり、 2018 年の学習指導要領では高校で「理数探究」「世界史探究」といった「探究」を冠した科目が新設されるなど、その傾向はますます強まっています。

 なお、探究的な学習と同義で使われることもありますが、日本の教育界で特に資料を活用することを重視する用語として「調べ学習」があります。これは 1980 年代から学校図書館関係者を中心に、その後教育工学の関係者にも使われ始めた用語です。調べ学習には国語辞典や百科事典の使い方、目次・索引の使い方、要約や引用の仕方などを学び、調べたことを発表するといった活動が含まれます。学校現場では「調べ学習」が色々な意味で使われており、「調べ学習」は「探究学習」の一つのステップと捉える見方もあるようです(国立国会図書館国際子ども図書館,2012)。ただし、今回の連載では両者をあまり区別していません。

 探究的な学習の実態は多様です。自然科学的な興味・関心を追求していくならば実験や観察がメインになりますし、社会科学ではフィールドワークやインタビューがメインとなります。しかし、スーパーサイエンスハイスクールなど予算がつき特別な設備が整っている学校を除いては、児童・子供が行う直接の経験や観察には限界があります。これは中学生や高校生になると顕著であり、例えば以前に私が関わった、「図書館を使った調べる学習コンクール」の入賞作品の調査を見ると、学年が上がるにつれて作品のテーマが自然科学系から人文・社会科学系統に移っています(浅石,2012) 。そのため、多くの学校では探究的な学習において多かれ少なかれ、文献調査が必要になると考えられます。

 探究的な学習、特にその中でも文献調査で利用される資料は、教科書や副教材とは位置づけが大きく異なります。日本の教科書は、基本的に教室での一斉教授を前提として、同じ内容を児童・生徒に共通に理解させるためのものです。これに対して探究的な学習で利用される資料は、児童・生徒が調べてまとめる力をつけるための素材(材料)としての役割が強調されます。ただしこれは日本の場合であって、例えば一人一人が自分の考えを表現することを重視してきたアメリカでは、教科書は分厚いハードカバーで学校に備えつけられており、授業中に必要に応じて知識を取り出すための参考書(レファレンス・ブック)に近いものとして扱われています。探究的な学習が、多かれ少なかれ文献調査を伴うものとすれば、必然的に多様な資料が必要となります。課題が児童・生徒の興味・関心に即したもので、学習内容が一人一人違うものならば、原理的には教室にいる児童・生徒の人数分だけの資料が求められるからです。そのような多様な資料を調達する場として学校図書館が、それを支援するために学校図書館専門職が必要となるわけです。それでは学校図書館は、日本の学習指導要領の中でどの程度/どのように言及されてきたのでしょうか。次回以降はこのことについて検討していきたいと思います。


参考資料:

  • 水原克敏(2010)『学習指導要領は国民形成の設計書:その能力観と人間像の歴史的変遷』東北大学出版会, 2010. 引用は p.186.
  • 国立国会図書館国際子ども図書館(2012)『図書館による授業支援サービスの可能性:小中学校社会科での3つの実践研究(国際子ども図書館調査研究シリーズ第2号)』国立国会図書館. 引用は p.36.
  • 浅石卓真 (2012)「受賞したのはどのような作品か」, 根本彰(編著)『探究学習と図書館:調べる学習コンクールがもたらす効果』学文社. 引用は p.67-68.
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