友だちは最強の環境
甲州市立勝沼図書館の青栁啓子です。これから、「遊びと探究のあいだ」をテーマに投稿していきます。
「本を読む」ということについて考えてみよう。それは、自らページをめくり、文字を目で追い、文章を理解するという一連の動作である。読み手が行為の主体者にならなければ成就しない。紙がデジタルに変わってもこの本質は変わらない。
その事実をぺナックは小説風にこう表現している。
「本を読む」という動詞は「本を読みなさい」という命令形には耐えられないものだ。他の動詞、たとえば「愛する」とか「夢を見る」などと並んで、この「読む」という動詞は命令形への嫌悪感を共有している・・・
ダニエル・ペナック著,浜名優美・木村宣子・浜名エレーヌ訳(2006)『ペナック先生の愉快な読書法』藤原書店 (初版1992年)
原題はComme un roman。
命令形が似合わない動詞の仲間には「遊ぶ」と「探究する」も加えることができるだろう。遊びは、命じられた途端に遊びではなくなり、人に言われてする探究活動は、単なる課題(タスク)の消化になってしまうからだ。
この連載では、探究活動の前段階として、子ども自身が考え発信する主体的な存在になることを目指す読書クラブ「カムカムクラブ」の活動報告を柱にして、グループで「遊ぶこと」がどのように自ら「読むこと」「学ぶこと」につながるのか、そのプロセスに注目しながら考えていきたい。
カムカムクラブとは
カムカムクラブは甲州市立勝沼図書館が運営する会員制の子ども読書クラブである。
設立は2003年で2021年現在19期目。図書館側のスタッフは入れ替わりながら、現在3名で担当しているが、私自身は設立以来関わっている。対象は小学3,4年生を対象として、本を読み・自ら考え・発信する子どもを育てることをねらいとしている。定員は20名、期間は4月~翌3月までの1年間。希望すれば2年間継続できる。読むこと、地域を学ぶこと、図書館利用教育、の三つの柱を基本理念にしてた当クラブがこの年齢層を対象としたのは、読書離れが始まるとされ、読み聞かせを楽しむ時期から自分で本を選び始める大切な時期でもある小学3・4年生をサポートするためである。読書活動には読書へのアニマシオン(注1)の手法を参考に、教育目的のある遊びを取り入れた活動を行う。また、地域文化に触れ、体験することを重視する。子どもたちがクラブ修了後も継続して生涯学習者となるために、公共図書館の使い方もしっかり学ぶ。工作やクッキング、本のプレゼントも行うため、参加者には活動実費として年会費3,000円を会員に負担してもらっている。最初の数年はメンバー集めに苦労したが、今では申し込み日初日に定員に達する図書館の人気事業に成長した。本連載では、このカムカムクラブのこれまでの19年間の活動を紹介し、子どもたちの反応も報告しながら、プログラムのポイントを解説していく。また、読み聞かせした絵本に関しても、旬の情報を伝えていこうと思う。
第1回 友だちは最強の環境
カムカムクラブは、毎年4月に新たに始まる。市内13校の小学校からの参加なので、子ども同士の顔見知りは少ない。みんな他にどんな子が来ているのか、とドキドキしながら初日を迎える。開会式で館長やスタッフの挨拶に続いて、会員は一人ずつ自己紹介をする。名前、学校、学年に、今頑張っていることを一言加える。考えながら、「一輪車を頑張っています」「ピアノを練習しています」と伝えてくれる。全員しっかり話せる年もあれば、泣き出して前に出られない子がいる年もある。でも、心配はしていない。1年かけて活動していく中で、この中に話せる友だちができれば、そんな不安はすぐに解消するからだ。こういう活動に参加する子は元々本が好きで、みんなの前で意見を述べるのも得意な子が多いのではないかと言われることがある。でも、決してそんなことはない。「うちの子は人前で話すことが苦手なのですが大丈夫でしょうか?」「学校で先生に人の話を聞かないと言われているのですが・・・」申し込みの際に不安そうな保護者の声を聞くことも多い。私たちにできることは、子どもが不安なく自分の考えたことを話せる環境 (注2) を整えるだけで、そのために「遊び」の形を工夫する。これからの活動を楽しむために、子どもたちにとって、友だちになるはずの他の参加者を知ることは大切な要素である。その一歩となるよう自己紹介カードに記入してもらって、小冊子にして配布することにしている。
開会式が終わったら、カムカムクラブで読書活動の中心に据えている読書へのアニマシオンを早速体験してもらう。今回、定番のひとつ『ともだちや』を読むプログラムを紹介しよう。これは、ともだちが欲しい寂しがり屋のきつねが、1時間100円の<ともだちや>を始め、失敗もするけれど、親友のオオカミを得るという物語だ。その後人気シリーズとなった絵本で、大抵の小学校図書館に入っている。ここでは、みんなにもオオカミのような友だちを見つけて欲しいという願いもこめて選んでいる。
手順は以下のようにすすめる。1)大型絵本を使って読み聞かせをする 2)二人に一枚ずつ本に関するクイズカードを配る。(カードには物語の登場順に番号が振ってある。) 3)クイズの答えはなにか二人で話し合う。 4)番号順に二人で発表する。(一人が問題を読み、もう一人が答えを言う。) 5)答えるごとに、絵本をめくりながら、答え合わせをする。そうすることで、もう一度みんなで『ともだちや』のストーリーを辿ることになる。ここで、子どもたちに必ず伝えることは、たまたま難しい問題が当たってしまうかもしれないけれど、これは遊びだから間違えてもいいし、二人ともわからなかったら、他の人がわかるかもしれないから助けてもらえばいいよ、ということである。クラブを始めたころはこのやり方に慣れるのに、数回の実践が必要だったが、最近は初回から受け入れてもらえる感触がある。それは、おそらく甲州市のすべての小学1,2年生が1年に2回の読書へのアニマシオンの授業を体験しているからであろう。
クイズの中で子どもにとって難しいのは、<さいしょに「ともだちやさん」と声をかけられたキツネは何をしながらくさやぶをのぞきこみましたか?>という問いである。本文には「もみてをしながら くさやぶをのぞきこむと」と出てくるので、答えは「もみて」である。難しい理由は二つある。ひとつは「もみて」という言葉自体を子どもが知らないこと。音でおぼえていて、正解が出ることもあるが、「じゃあ、もみて、みんなでやってみよう。」と言うと、みんなでいっせいに肩もみの動作を始めたことがあった。(このアイディアには正解をあげたい!と思ってしまった。)「もみてって、人が誰かにお願いごとをするときに、腰を低くしてする動作だよ。例えば、商売人が誰かにものを売りたい時にするイメージ。ともだちやも商売だもんね。」と言うと、納得してくれる。もうひとつの理由は、「ここでキツネはもみてができない」という子どもから出た発言で気づかされた。確かに、そのページの挿絵のキツネは両手に提灯を持っているので、両手をこすり合わせる動作のイメージに直結しない。「きっと、提灯を置いて、覗き込んだんだよ。」と言うことにしているが、このように、子どもから教えられることも多い。では、「もみ手」はもう古い言葉で、使わないのかと思っていたところ、今アニメでも大人気の『ふしぎ駄菓子屋 銭天堂』第1巻の「カリスマボンボン」のエピソードに「もみ手をしながら、典行はおかみをオーナー室へ案内しようとした。」という件を発見した(注3)。このクイズは、まだ使える。
このアニマシオンは、入門編として先生や大学生にすることもある。クイズの中で、大人には難しいけれど、子どもには簡単というものもあり、それは<キツネがおだいをもらおうとしたとき、オオカミはなにをしていましたか?>という問いである。答えは「ワイン(またはジュース)を注いでいた。」なのだが、それは文章にはない。イラストで描かれているだけである。大人は見落とすことが多いけれど、子どもは絵をしっかり見ているので正解できる。絵本の場合、絵も言葉と同様にとても重要な表現だと再認識させられる。また、ここはワインの生産がさかんな勝沼地域なので、他の場所での実践では出てこない「ワイン」という言葉が必ず子どもたちから出てくることも記しておこう。
最後のクイズまで答えたら、本を閉じて、次の活動に移る。「ともだちやの姿を思い出そう」というグループ活動である。表紙に奇天烈な格好をした<ともだちや>のキツネ ーともだちやののぼりと飾りとゴーグルをヘルメットにつけて、提灯を持ち、スイカ柄の服を着て、腰には浮き輪をはいているー がいる。それをみんなで思い出しながら、キツネの輪郭のある画用紙に絵で描いていくというものだ。これも簡単な共同作業をすることで、仲間づくりへつなげることをねらいとしている。今までは、机の上で頭を寄せ合って同時に描いていたが、今年は密を避けるために、紙を壁に貼って描く人は一人で、順番に書き足していく方法を採った。不完全なファッションのキツネが5体誕生したが、みんな打ち解けてきて楽しそうである。最後に全部の絵を前に貼りだして、みんなで拍手して終了。以上が、4月に行うプログラムの例である。
(注1)「読書へのアニマシオン」はスペインのモンセラット・サルト氏とグループの仲間が1970年代からの実践をもとに開発した子どものための読書教育メソッド。本を読んでからその内容について集団で遊ぶという方法で、教育的目的をもった遊びを行う作戦(ストラテジー)を75種提案している。マリア・モンセラット・サルト著, 宇野和美訳(2001)『読書へのアニマシオン:75の作戦』柏書房.
(注2)1999年にエイミー・C・エドモンソン氏(Amy C. Edmondson)が提唱した「心理的安全性」(Psychological Safety)という概念は、子どもたちの学ぶ環境を考える上で参考になる。
(注3)廣嶋玲子文, jyajya/絵(2013)『ふしぎ駄菓子屋 銭天堂』偕成社. 引用はp. 109.
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