疑問を抱くことや問うことを楽しむ
放送大学の塩谷京子です。ここでは、探究のプロセス(注1)を切り口として、毎回一つのトピックをもとに、学校現場のエピソードを交えながら連載していきます。授業を担当している先生方、図書館で情報収集する子供を支援している司書教諭や学校司書、将来に向け自身の専門分野を学んでいる学生の皆さんが、「探究のプロセスと日々の授業」をつなげて考えてみる機会になるようなトピックを、毎回選んで書いていきます。文中に、(注)を設けました。(注)に関する説明は、最後にまとめて書きましたので、必要に応じて参照してください。
第1回のトピックは、「疑問を抱くことや問うことを楽しむ」です。
そもそも探究は世界各国で行われており、探究するときのプロセスモデルが開発されてきました(注2)。我が国(文部科学省)では、以下の図のように、「課題の設定」「情報の収集」「整理・分析」「まとめ・表現」という四つの過程が示されています。
この四つの過程を見たときに、教育に携わる大人の視点には2通りあります。一つは、教師が導く、教師が教えるという視点です。これに対し、もう一つは、子供が学ぶという視点です。探究は、後者の子供が学ぶという視点で、プロセスモデルが開発され、実践事例が紹介されてきました。実践事例には、子供が自分が知りたいことを見える化したり、集めた情報を比較・分類・関係づけしたりするときに役立つシンキングツールの活用事例や、探究のスタートでもある「課題の設定」を重視した展開事例など、子供が学ぶ視点に立った取り組みが報告されています。これらの中から、「疑問を抱くことや問うことを楽しむ」ことを取り上げ、幼児教育現場のエピソードを紹介します ( 注3)。
幼稚園や保育園の幼児をはじめ児童・生徒は、たくさんの不思議を抱いて生活しています。言葉にできる子供もいますが、できない子供もいます。いずれにしても、疑問だらけの中で、毎日の生活が続いています。例えば、動物園に行ったとします。興味のある動物や、動物の仕草をじっと見ています。
ゾウさんの鼻、どうしてあんなに長いの?
と言ったとき、大人であるあなたは、どういう行動をとるでしょうか。そして、次のような受け答えを子供にしたとき、子供はどう思うのかを想像してみてください。
その1:そうねえ、何でだろうねえ。
(子供の問いをスルーする)
その2:鼻が長いと、草を食べるのに便利だと思うよ。ほら、見てごらん、上手に鼻を使って草を食べているでしょ!
(子供の問いに対して答えを言う)
その3:不思議だね。一緒に、調べてみようか。
(子供に解決の方法を示す)
大人は、疑問や問いがあると、答えを出す、解決するという方向へ動こうとしませんか。先日幼児教育に携わる方から、もう一つの行動があることを教えていただきました。
その4:なるほど、それなら、何で、キリンの首は長いの?
(似た視点で、幼児に尋ね返す)
そうすると、幼児の中には、「それなら、何で、ウサギの耳は長いの?」と、さらに尋ねてくる子もいるそうです。
どうですか、子供が問うことを楽しんでいる様子が浮かんできませんか。答えを導くことより、疑問にあふれている生活や疑問を生み出す体験に費やす時間や空間の重要性を改めて認識したエピソードでした。大人はつい答えを導くにはどうしたらいいのかと考えがちですが、子供の問いは緊急に答えが必要なものばかりとは限りません。そればかりか、哲学的な問いを投げかけてくるときもあります。さらに、問いの答え自分で見つけたときは、教えてもらったのとは違う喜びがあるものです。海外で探究のプロセスモデルが開発され、実践が重ねられた背景には、教師が教えることだけが教育ではない、子供が疑問を抱くことや問うことを楽しみ、子供自身が解決していくという、学習者主体の考え方があります。
私たちを取り巻く日常生活や社会生活に目を向けたとき、自分で判断し決めていくことが次から次へとやってきます。判断するためには知識・経験・情報などが必要です。一昨年、私は左足のかかとを骨折してしまいました。医師からは、手術をしない選択肢を含めて四つ提案があり、自分で選ぶように言われました。しかし、外科手術の知識や経験のない私は選ぶことができません。それぞれのメリットデメリットを医師に質問しました。「入院期間が少ないのはどの方法か」「手術後の負担が少ないのはどの方法か」など、自分の判断に必要な情報を得るためにたくさんの問いを医師に投げかけました。医師は端的に答えてくれました。
このように、判断するときに必要な情報を得るためには、多方面からの視点と、問いを言語化するスキルが必要になります。小さいときから、体験や擬似体験を通して五感を使い、疑問を抱くことや問うことを楽しむことは、生涯必要な問う力(質問する力)を培う基盤になると考えています。第2回では、「問うこと」にさらに焦点を当てていきます。「課題の設定」の過程を、生徒が主体的に取り組んでいる高等学校の現場からエピソードを紹介し、生徒を取り巻く情報社会の一端を垣間見てみようと思っています。
( 注1)「プロセス」の意味や使われ方として、過程や経過(例:プロセスを経る)、手順や方法(例:目的までのプロセスを確認する)、順序・段取り(例:作業のプロセスを確認する)などがあります。
( 注2)代表的なプロセスモデルとして、1990年にアイゼンバーグ&ベルコヴィッツによって発表されたBig6モデルがあります。問題に対して情報によって解決していくプロセスを、6段階で表しました(①課題を明確にする ②情報探索の手順を考える ③情報源の所在を確認し収集する ④情報を利用する ⑤情報を統合する ⑥評価する)。また、六つのそれぞれの段階において、必要な情報活用スキルも示されています。
( 注3)「課題の設定」のスキルは、既に確立され、書籍等でも紹介されています。また、新学習指導要領に伴い新しくなった教科書にも、具体的に図や手順などを交えて示されています。この連載でも紹介していきます。
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